窯神神社で「残心の杉」記念碑除幕
Unveiling Ceremony of "Zanshin-no-Sugi"Monument
at Kamagami Jinja Shrine
(Photos taken on Sept. 30, 2007)
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2004年4月11日、瀬戸市北白坂町の東大愛知演習林で、事業を企画した市や陶磁器
業界の関係者約30人が、長崎県佐々町(2004年4月には佐賀県?)から取り寄せた長さ
約30cmの杉の枝の穂を発泡スチロール箱に植えました。 3年後の2007年、50−
60cmに成長した段階で、同市の民吉をまつる窯神神社に植樹することが計画されました。

2007年9月8日、9日の2日間、瀬戸市で「第76回せともの祭」が行われましたが、初日
に佐々町長や瀬戸市長ほか参加の下、「残心の杉」の記念碑(高さ約1.2m、横約1.5m)
の除幕式が行われたので、どのようになっているか、2007年9月30日窯神神社へ
見に行きました。窯神神社から南へ坂を200m程下ると、加藤民吉生誕の地があり、
綺麗に整備されています。

以下は「残心の杉」と「飲水思源碑」の説明板に書かれていた説明文です。

「残心の杉」
加藤民吉翁は、1804年(文化元年)、九州へ磁器製法修行の旅に出発しました。
1807年(文化4年)修行を終えた翁は、修行先の福本仁左衛門家を去るにあたり、記念に
杉を植えました。 この杉は長崎県佐々町に「残心の杉」と命名され現存し、大切にされて
います。 民吉翁の九州修行200年を記念し、この大杉の枝を取り寄せ、東京大学付属
愛知演習林の指導・協力により挿し木・育成し、ここに植樹しました。
2007年6月吉日
民吉九州修行200年記念実行委員会

「飲水思源碑」
民吉翁は、九州での修行の際、本渡(現天草市)の東向寺で菱野(瀬戸市)出身の天中和尚
に大変お世話になりました。瀬戸市は1959年(昭和34年)、その東向寺開山300年記念
として「民吉翁之碑」を贈りました。 磁器の原料でもある天草陶石のこの「飲水思源」碑は、
その返礼として1962年本度市より贈られたものです。

【備考】
2000年ウェブ作者が見た時は、窯神神社拝殿西側に「飲水思源」と刻まれた陶石が
ありましたが、「飲水思源」の文字部が金色に着色されて、「飲水思源碑」として現在の
場所に移設されたようです。


窯神神社拝殿
<写真奥が登窯を形どった本殿>
「残心の杉」と「飲水思源碑」
植樹された「残心の杉」 「飲水思源碑」
神社東側境内外のどんぐりの木 神社東側境内外の彼岸花