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鬼押出し園と軽井沢
Mt.Asama Magma Stone Park & Karuizawa
[Photos taken on July 13, 2012]


2012年7月13日〜15日、2泊3日で軽井沢へ。
7月13日お盆でご先祖へ迎え火を焚いて消火を確認してからから、午前3時30分、
愛知県瀬戸市の自宅を出発、長野県軽井沢町へ。

1泊目は夜から朝にかけて雨が降り、2泊目も朝起きたら、雨が降っていたが、
3日間とも、観光に出かけている間は比較的天気に恵まれた。

旧三笠ホテルのパンフレットによると、軽井沢はもともと軽井沢(現・軽井沢)、
沓掛(くつかけ)(現・中軽井沢)、追分とが関東の出入口を固める碓氷(うすい)
の険を控えた浅間根腰の宿として栄えていた、とのこと。

旧軽井沢の旧軽井沢通り(旧軽銀座)、軽井沢本通りを散策。その他は車で目的の
観光地へ。旧軽井沢地区には有料トイレが幾つかあり、公衆トイレを発見できなかった。

感銘を受けたのは「鬼押出し園」と「石の教会 内村鑑三記念堂」。
「鬼押出し園」は1783年(天明3年)浅間山の噴火による溶岩流で出来た
奇岩郡や高山植物や観音堂などを配置している。もう一度来てゆっくり鑑賞したい。
また、内村鑑三については名前しか記憶に残っていなかったが、石の教会の
地下の資料館の説明ボードやパンフレットを読んで、人となりに非常に興味を
持った。彼は1861年高崎藩士の長男として生まれ、札幌農学校
(現在の北海道大学)を飛び切りの主席で卒業、真理を求め続け、69歳で永眠
した思想家。新渡戸稲造は札幌農学校での学友。

「鬼押出し園」へは有料道路を使わずに国道146号など一般道で行った。
途中、カーナビの誘導がおかしいので、「浅間六里ケ原休憩所」で説明を
受け、今来た道を戻って目的地へ5分弱で到着。

2日目の内容は110-2参照。
3日目の内容は110-3参照。

<往路> 約340km
瀬戸市→東海環状自動車道「せと品野IC」→中央道→長野自動車道「長野IC」→
国道・地方道→地蔵峠→国道18号→軽井沢
*後続の車が迫っており、「更埴JCT」で上信越自動車道の軽井沢方面へ車線変更
が不可能となり、長野自動車道「長野IC」で降り、多くのヘアピンカーブと上り坂が
ある一般道で軽井沢へ。

<復路> 約320km
軽井沢→国道18号→小諸→小諸IC→上信越自動車道→中央道→「飯田IC」→
国道153→瀬戸市

<観光>
13日: 約60km鬼押出し園、白糸の瀧、軽井沢プリンスショッピングプラザ
14日:旧三笠ホテル、聖パウロカトリック教会、軽井沢ユニオンチャーチ、
軽井沢教会、旧軽井沢森ノ美術館、旧軽井沢ホテル音羽の森、
軽井沢高原教会&牧師館(備考2)、「石の教会 内村鑑三記念堂」(備考3)
15日:マンズワイン小諸ワイナリーと敷地内の万酔園

<備考>
1 洞穴や岩の隙間など倒木の陰など、涼しく薄暗い湿った環境に生育。
環境の変化に非常に弱く、付近の大気汚染や乾燥によって簡単に消失。
ヒカリゴケ自身が発光するのではなく、洞窟内に入るわずかな光をレンズ状の
細胞の原糸体という部分で反射して、きみどり色に輝いて見える。

<参考>
7月16日午後3時群馬県館林市37.6℃(当日日本一熱い)


駒ケ岳SA
<往路の中央自動車道のサービスエリア>
梓川SA
<往路の長野自動車道のサービスエリア>
浅間六里ケ原休憩所
「鬼押出し園」の展望レストラン
「鬼押出し園」の駐車場 左が浅間山(2,568m)、右が黒斑山(2,405m)
惣門(そうもん)
浅間山観音堂への途中
浅間山観音堂への途中
溶岩流で出来た岩 浅間山観音堂への途中
水盤舎
浅間山観音堂
炎観音
炎観音
ハクサンシャクナゲ 岩に生える木
<溶岩はミネラルを含みまた1000℃以上の溶岩
のガスが抜ける時にできる多くの穴により保水性
が高いので、岩に多くの木や植物が自生する>
鐘楼堂
浅間山観音堂
シモツケ【ばら科】
チョウジコメツツジ【つつじ科】 キンロバイ【ばら科】
コキンレイカ【おみなえし科】 ノリウツギ【ゆきのした科】
シラカンバ【かばのき科】 ヒカリゴケ【ヒカリゴケ科】
<備考1参照>
石割の松
コケモモ【つつじ科】
<花は淡い紅色を帯びた白色の釣鐘形で、
実は秋に赤く熟し果実酒やジャムに使われる>
白糸の瀧 白糸の瀧
白糸の瀧
軽井沢プリンスショッピングプラザ
<左:花畑牧場カフェ>